カテゴリ:ウツクシキことども( 111 )

もうすぐ夏休みになりますね。
どこかにお出かけの方もいるかしら?

ところで、お知らせです。
ちょうど2年前に始めたこのブログですが、
ちょっと生活サイクルが変わったり、やりたいことが変わったり・・・や
いろいろ諸事情によりでお休みいたします。
少し充電。

ながらくお読みいただいてありがとうございました。
リンクをはって下さった方、ブログをみるのを日課にしてくださっていた方。
ブログを通じてお知り合いになった方。
みなさん、どうもありがとう。


途中の「海賊船の帽子」も続きはホームページの方に載せます。
ブログ2つとホームページの手入れは、まるで3つの菜園をもつ農家の方みたいで、
季節ごとの手入れや収穫になかなか忙しく、
しばらくは最近手をかけられなかったホームページに水をあげようかな。

新しいことやまた何かするときはホームページでお知らせします。
気が向いたらこちらを時々のぞいてくださいね。

今日まで私の独り言に付き合ってくださってありがとうございました。
少し長めの夏休みにはいります。

ではまた。かしこ。
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夏であります。
お中元の季節になりました。いががお過ごしですか?

新聞に折り込みの広告が入ってきますね。
お中元の。
お酒や果物やゼリーや、いかにも涼しげな品々が並ぶチラシを眺めるのが
私は子供の頃から大好きであります。
何、もらおうかな~と。
贈る側ではありません。あくまで自分がもらうにはどれがいいか決めるのが好き。
私の好みは昔からゼリーの詰め合わせ。
これが届いたら、幸せだろうなあと毎年夢想します。

さて、ところで。
だいたいにおいて、私の趣向として
透明なものに何かが閉じ込めてあるのもがどうも好きらしいのです。
ついふらふらとこういう類のものを買ってしまいます。

和菓子でも洋菓子でもゼリー寄せにしても、マニキュアの中にキラキラが入っているのも
アクリル樹脂に固められたアクセサリーにしても。
何か透明のものに閉じ込められたものが好きなんですな。


それで思い出したけれど、
昔、中国では桃の花枝や開きかけた杏を入れた水晶の枕があったそうです。
いまを盛りの花や枝を透明な水晶という宇宙に閉じ込めて、枕にする。
ものすごく固い枕で寝にくいだろうけれど、
イメージとしてはすごくすてき。ひんやりしていて夏には涼しげ。
欲しい・・・。
でも、実用ではないかも。

枕が変わると眠れないと人はよく言いますが、
枕があると眠れない私。
枕って大嫌いなのです。
この意味でも実用でないかも。

さて、暑い夏。
お中元のチラシでも眺めながら涼しい夢想をして過ごしましょ。

写真、暗すぎで失礼・・・(涙)
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安東みきえさんの『頭の打ち所の悪かった熊』を読みました。
安東さんの本は読んだことがなかったのですが、ちょっとしたきっかけでこれを
読むことになったのですが・・
気に入ってしまいました。

この題名からしてかなりインパクトがあり想像されるように、ちょっと変わっています。
そしてダジャレや妙なオチで茶化したような文章。
人によってはそれが嫌かもしれません。
こんな風に書かなきゃいいのにと思う人も少なくないかもしれません。
でも、それに騙されずに読むと、中にちりばめられた「しっかりした事」に
「うーん」とうなってしまうのです。
たぶん作者の安東さんは、あんまり本当のコトや真面目なコトを話すと照れて、
どうしてもふざけてしまうのかも知れません。

「池の中の王様」がすごく好きでした。
主人公のおたまじゃくしは
「クエスチョンマークの形で卵から飛び出したものだから 
「ハテ?」と名付けられました。」・・・・なんてところから私は気に入ってしまうのですけれどね。

ハテと嫌われ者のヤゴが友達になって
お互いを思いやる事を知って、でもそのせいで気ままな一人という自由を失ってしまいます。

「たとえどんなに離れていたって、おれはおまえを見つけられるさ。
友達ってそういうもんさ」
「たとえどんなに姿を変えても、ぼくは君を見つけられるさ。
友達ってそういうもんさ」
と二人で言い合ったセリフと
「おまえにだったら食われてやってもいいさ」というセリフが
ラストにすこーく上手く使ってあって、
おたまじゃくしとヤゴという設定の妙が効いています。
これには本当に参ってしまいました。うますぎる・・・

読みたくなったでしょ?

安東みきえ著
『頭のうちどころが悪かった熊の話』 理論社
の中の「池の中の王様」
短編集です。
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さて。
ルーシー・リーのお話しをしていたのに、パソコンちゃんの病気で
頓挫してしまいました。
パソコンちゃんは入院する羽目になり、その代わりの選手の確保と、
ミキハウスの店頭置きママ向けフリーペーパー「happy note」のイラスト
(6月号にイラスト掲載中)
と、
その他諸々の忙しい出来事でなかなか更新できませんのでした。

話の腰が折れたついでに、その他諸々の忙しかった出来事の話。

保育園でちびっ子相手のワークショップを開催・・・
と言うと聞こえがいいですが、まあ、要は保育園で半日先生をしたわけです。

この所の夏の日射しがまぶしくて、「夏だ、海だ、サングラスだ」なんて気分になっていましたら、
保育園のクラスの子供に揃いのメガネをつくらせちゃおう!
それでみんなでかけたら楽しいかも!
という企画がふと思いついてしまったのでありまして、
17人の子供にフィンガーペイントで厚紙で作ったメガネの枠に
思い思いに色をつけてもらいました。
色の好みや塗り方で個性炸裂。
指に絵の具をつける楽しさでワイワイ。
出来たら丸メガネ(もう丸メガネって形だけでおかしい)をかけた友達の顔がおかしくてゲラゲラ。
同じ形のメガネ顔が17人もいてゲラゲラ(だいたい同型のメガネを掛けた人が大勢いることって無い)。

たのしい企画になりました。

しかし、この一瞬の笑いをとるために
私は4時間はかけて、子供分、先生分、予備分の20本のメガネ型を厚紙からくりぬき、
お笑い芸人のネタ作りもこんなもんよね、と、地道な作業に忙しかったのでありました(笑)

写真はメガネ達を乾かしているところ。
もっとキレイな場所でキレイに並べて撮れば、それなりに美しい写真になるものを
うるさい子供達を押さえながら、保育園の先生と並べたクマちゃん柄のシートの上からの写真。

まったく気取りのない写真になりました。
絵柄としてはうるさいクマ柄に
怒濤のうるささと、烏合の衆みたいな子供たちの保育園の日常が見え隠れしてほほえましい。
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「ルーシー・リーに会いたい」は2010年6月号『芸術新潮』のタイトルです。
今、国立新美術館で6月21日まで行われている、ルーシー・リー展に行きました。
私がかれこれ10年くらい前からずっと見てみたかったのです、ルーシー・リーを。
初めてみたのは何かの雑誌に特集を組まれていたのを読んだときでした。
ルーシー・リーは繊細な形と恐ろしく発色のよい陶器をつくる陶芸家です。
独自の釉薬を駆使して作ったピンク色の美しい陶器は有名です。
他では見たこともない色。それにとてもシンプルで独特なデザイン。
とても女性っぽいです。
雑誌の記事で見たときに、これらの美しい陶器の写真に驚いたのですが、
それに混じって
全身白い服を着たおばあちゃんが玄関先のベンチににっこり笑って座っている写真がありました。
小柄なおばあちゃんがにっこり。ものすごくチャーミングでいい笑顔。
わたしはおばあちゃんの佇まいがすっかり気に入ってしまいました。
それがルーシー・リー。その人の写真。

その写真が欲しかったのですが、見たのは借りた他人さまの雑誌でした。
切り取る訳にもいかず、そのままにいたら何の雑誌か名前さえも忘れてしまいました。
でも、ルーシー・リーの名前とその写真のことだけがずっとアタマにありました。

私は陶器よりも白い小さなおばあちゃんの写真がもう一度見たくて
展覧会をずっと待っていたのです。


(続く)
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子供の理科実験する付録のようなもので枝豆を育てています。
自分が子供の頃にも、朝顔やらヘチマやらを育てさせられたけれど、
真面目に世話をしなかった記憶があります。
だから自分の子供が始めだけで、あまり熱心に世話を焼かないのも
子供ってこんなもんよね・・と半ば諦めというか、当たり前の気もして
とやかく言わないで、自分が水やりをしてやったりしているのですけれども。

大豆を土に埋め込んで、芽が出てきたところで、
枝豆達が日照権を訴えだしたので、そろそろ日の当たる場所に植え替えてやった訳です。
こうして、いつもはやらない事をして、観察なんかを毎日していると
植物の育つ課程は面白く、葉やツルや出てきて
色も緑が深くなって・・・なんてジッといろいろ今更見てしまうのです。

たぶん、子供の頃しなかった人は大人になった時に
もう一度、観察するように国家の教育プロジェクトとして
子供の理科実験を親がする羽目になるように
しくまれているのじゃないかと。
これは、わたしの教材なんじゃないかという錯覚に襲われてきて
一生懸命、世話している毎日なのでありました。

しかし、マメって元気。
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まどみちお さんの事を聞いたことはあるかしら?
童謡で有名な「ぞうさん」の詩をかいた方(もちろん他にもいろいろ有名なものはあるけれど)。

「ぞうさん ぞうさん おはながながいのね
 そうよ かあさんも ながいのよ」

誰でも、知ってる、この歌の歌詞。
最近、まどさんの記事を雑誌で読んで、その中でとある方が、
「初めてまどさんの詩を読んだときに、「つぼⅠ・Ⅱ」の詩が
とても気に入ってしまったのですよ」と言っていたのです。
どんな詩かというと・・・

「つぼ・Ⅰ」

つぼを 見ていると
しらぬまに
つぼの ぶんまで
いきを している

「つぼ・Ⅱ」

つぼは
ひじょうに しずかに
たっているので
すわっているように
見える

わたしもこの「つぼ」を読んで、ううむ・・・!と気に入ってしまったのでした。
だって本当に「つぼを見ているとつぼの分まで息をしてしまう」し、
「ひじょうに静かに立っているので座っているように」しか見えない!!!のだもの。

ああ、すごい。
慌てて図書館でまどみちお全詩集を借りてくる。
まどさんは絵も描いたそうなので、画集も借りてくる。
ああ、すごい。
詩も絵もあまりにシンプルな奥深さに感じ入る。
有名な絵本作家・イラストレーターの長 新太さんさえ
(写真、詩集の表紙の象さんの絵はそう)
「わたしは、まどさんの詩集に絵を描いたこわいもの知らずのバカ者である。
何冊も描くうち、まどさんに描いてもらってちょうだい、と編集の人に言ったことがある」
と言っているくらい、絵も上手い。
ブログにつぼの絵を描いて、まどさんの事を書こうなんて気は全く失せてしまった。

図書館のまどみちお全詩集は古くて、
718ページ分の端が黄ばんだ紙の束がとじてある辞典みたいだったのだけれど、
その風体がとても詩の文章の古めかしい丁寧さに似合っておりました。

まどさんって、すごかった・・・
夜、寝しなに子どもたちにまどさんの詩を読んでやると
音のおもしろさにゲラゲラ笑って「面白すぎて眠れないよ~」と言った。
まどさんってホントにすごい。
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まずは「今、今と・・・1」
次は「今、今と・・・2」
そして今日の「3」が最後。


『at Home』を借りました。
どっしりと重い写真集です。
白の紙にモノクロ写真の表紙。
題名の飾り文字がとても似合って、新刊であってもアンティークな趣きな装丁。
一枚、一枚最初からめくって眺めていくと、
ゆっくりとしたパラパラ漫画のように、中に写った家族が笑って、泣いて、遊びながら成長していきました。


写真集の後書きで上田さんが
「写真の中で家族がほほ笑んでいる。
一刻、一刻、過去となり、忘れ去られてしまう運命にあるなんでもない日常の中に、
二度と見ることの出来ない、大事な小さなほほ笑みがある。・・・・」。
と書いてありました。


2008年の雑誌に上田さんが「4月に『at Home』の写真展をするよ」と言う「今」があり、
2009年の雑誌に松浦さんが見かけた古本『at Home』を巡る情景の「今」があり、
2010年に私がようやく見た『at Home』の中には
一刻、一刻、過去となり、忘れ去られてしまう運命にある「今」が沢山入っていて、
それを眺める私の「今」があり。


一冊の『at Home』の写真集を拠点に過去と現在の「今」が交差して
タイムトラベルをしたような気持ちになりました。
ずっと前に出版されたこの写真集を見るのは、「今」が私にはとてもジャストだったのです。
物事にはその人にあった「今」がやってくる。
きっと。

表紙にもなっている写真は、逗子の海岸でかれんさんとお子さんが
カメラを構えるお父さんを振り返って微笑んでいる写真。
たった今過ぎた「今」を振り返って微笑んでいる写真。

「今」「今」と「今」と言うとき、「今」ぞ無く。
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昨日の「今、今と・・・1」の続きのおはなし。


図書館の古雑誌をもらってから数日後。
私も図書館に倣って要らない雑誌を捨てようと整理していたところ、
2009年の12月に廃刊となった、イラストレーターの大橋歩さんのリトルプレス『Arne』の最終刊が出てきました。
パラリとすると、最終回となるブックレビューのコーナーで松浦弥太郎さんが紹介していたのが、
上田義彦さんの写真集『at Home』でした。
松浦さんは古本屋さん(COW BOOKS)だから、古本としての『at Home』にまつわるちょっとしたエッセーになっていて、
これがまた素敵な文章です。

松浦さんがこのエッセーを書いた2009年の、10月のある日のこと。
旅先のカリフォルニアはバークリーの希少な写真集を扱う古本屋で、上田さんの『at Home』を見かけます。
たいして写真の好きそうでもないカップルの女性が、
その本にふと気づいて「わたし、この写真集、好きかも・・・」と手に取ります。
そして彼氏にお金を借りながらもその写真集を買って、
「しあわせそうに、そしてうれしそうに、小さなほほえみをふっと浮かべた」
までの情景がそっと描かれていて、このエッセーを読み終えた人も小さなほほえみがふっと浮かんでしまいます。


あらら、また『at Home』じゃないの。
2010年の今、2008年と2009年の『at Home』の話が一度に集まってきた。
2008年には知らなかった、2009年には通り過ぎていた1つのことが「今」同時に囁きかけてくる。
だから私が、
2010年の私が今度は『at Home』を図書館で借りに出掛けることにしました。


・・・続きはまた
「今、今と・・・3」
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「今」、「今」と、「今」と言うとき「今」ぞ無く・・・
これ、滑舌の練習用の早口言葉の一部です。
今日はそんな「今」についてのおはなし。


さて、先日。
図書館で本を借りて帰ろうと思いましたら、カウンターのお姉さんが
「出口に雑誌のリサイクル本が置いてありますから、良かったら見ていってください。
気に入ったのがあったら自由にお持ち帰り下さいね。」と声をかけてくれました。
閲覧と保管の期限の過ぎた古い本を時々、図書館はリサイクル本と称して放出します。
たまたまその日は放出期間に当たったみたいです。
出口に置かれた段ボール箱を覗くと、古びた雑誌が無造作にドサッと突っ込んであって、
たぶんもうだいぶ皆に持って行かれたあとの「売れ残り」な古本雑誌がありました。

なんか良いのないかな・・・と、そして無料でくれるのならば
いつも読まない物なんて見ようかな・・・と手にしたのが2008年4月の『婦人公論』。
家に帰ってパラパラと見ていたら、中に写真家の上田義彦さんが写真展のお知らせを書いていました。
上田さんは有名なコマーシャルフォトグラファーで奥さまは桐島かれんさん。
「4月から銀座で、いままでライカで撮った十余年の家族の写真を展示します。
僕も彼女も時間の重さを知る大事な写真となりました・・・」
数枚の写真とそんなコメントが載っていました。
写真展の題名は「at Home」。



・・・続きはまた。
「今、今と・・・2」
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